２０５０年までに二酸化炭素の排出を差し引きゼロにする「ゼロカーボンシティ」を宣言
する市区町村が急増した。　９月末までに１１８８自治体（都道府県含む）に上る。政府の支援が受けられる「脱炭素先行地域」の制度を活用し、地域課題解決の好機ととらえる自治体がある一方、対応に悩む現場も出ている。

　本州最北端、下北半島の青森県佐井村は、かつて北前船の寄港地として栄えた漁村だ。
いまは高齢化と過疎に直面、２０年前に２８００人いた人口は１６００人を切った。

　村の経済規模は約５０億円。　そのうち電気やガソリンなどエネルギーの購入で村外に
約５億円が流出していた。

　そこで目をつけたのが、政府の「脱炭素先行地域」制度だ。　「カーボンニュートラル」を
実現するために、全国からモデルとなる１００地域以上を選び最長５年間、最大５０億円を
支援し、各地に「脱炭素ドミノ」を広げる狙いがある。　佐井村も２３年４月に選ばれた。

　２１年に「ゼロカーボンシティ」を宣言。　村が出資して地域電力会社「さいエナジー」も
設立した。　公共施設の屋根につけた太陽光パネルなど村内外から再エネを確保し、契約
家庭には東北電力より３％割安で電気を売る。　スマホで食材を注文し、翌週配達して
もらえる買い物支援システムも準備中だ。　さいエナジーの契約者には買い物で使える
ポイントも配る。

　村の東出隆広・総合戦略課長は「（エネルギーや高齢化などの）課題を脱炭素を切り口に
解決したかった。うちのような小さな村ができるなら、ほかの地域でもできるはず」と話す。

　一方、国の温室効果ガス削減目標に後押しされての対策に戸惑う現場もあるようだ。

　朝日新聞と一橋大などの全国自治体アンケートでは、再エネの推進理由に「地域活性化」
や「地域資源有効活用」を挙げたのは、それぞれ３３・１％、２３・０％だった。　過去の同じ
調査では、選択率が４割超の時もあったのに比べると、低い割合にとどまっている。

　自由記述では、「再エネを推進する理由を『地球のため』『国の目標達成のため』と掲げ
られても地方自治体にとって全く響かない」、「カーボンニュートラルという一律的な目標を
強いておきながら（脱炭素先行地域のような）選別的な補助で、財政事務負担の両面で
苦慮している」との意見も見られた。

　脱炭素先行地域はこれまでに９０提案が選定されたが、３市町が辞退している。事前の
計画が狂ったり、事業の採算性が取れなくなったりといった理由だ。　最近では物価高も
暗い影を落とす。　環境省の担当者は「計画を続けている自治体も物価高騰の影響は
大なり小なり受けている」と話す。
（編集委員・香取啓介）

■荒れる発電所、手出せぬ行政

　太陽光パネルの間から伸びる立ち木に、フェンスを覆う雑草、送電線にまきついたツル…。東海地方の山あいを抜ける国道沿いに、まるで森と一体化したような太陽光発電所が
あった。

　自治体の担当者によると、県外の業者が６年前、地元住民との協議が終わらないうちに
パネル設置工事に着手し、発電を始めた。　その後は草刈りなどの管理はしていないが、
発電は続けているとみられるという。

　発電所が荒れ放題でも、土地や設備の所有者ではない自治体側にできることはないと
いう。　「行政が手を出せないのは空き家の問題と同じ。発電所はこのまま放置されるので
はないか」。　担当者の不安は募る。

　担当者によると、施設を設置したのは業者だが、所有者は個人名義となっている。
朝日新聞は１０月、発電所のフェンスに掲示された「事業者」の携帯番号に連絡したが、
電話に出なかった。

　事業者と住民とのトラブルは、各地で起きているようだ。

　朝日新聞と一橋大などの調査に対する各自治体の回答によると、住民の同意を得ずに
風力発電施設が建設されたり、太陽光発電施設が適切な排水をしなかったために隣の畑
に雨水が流入したりしたケースがあった。　風力発電が原因と思われるテレビ電波障害が
起きたという回答もあった。

　再エネへの対応をめぐり、自治体が地域内外から批判にさらされるケースもある。

　西日本の自治体では、十数年前にできた農業用水のため池に設置した太陽光発電施設
が昨年、ＳＮＳで問題視された。　施設の設置によるため池の汚染を心配し、この地域で
とれた野菜は「もう買わない」というメールが役所に届いたという。

　西日本の別の自治体では、再エネに批判的な一部の議員が議会で「メガソーラーのせい
でクマの出没が増えた」と主張。　自治体側は「根拠のない話を議会で本当のことのように
話す。　誤りを指摘するのは難しい」と困惑する。
（福地慶太郎）

■「推進のメリット、地域に見えるように」　調査実施の山下准教授

　４回の調査に関わった山下英俊・一橋大准教授（環境・資源経済学）は、今回の結果を
「悪質なトラブルの報道が増え、再エネを迷惑施設と見る風潮がある中、踏みとどまって
いる印象だ」と話す。

　自治体の現場レベルでは冷静に地域脱炭素に取り組んでいることが確認できたという。
政府の「カーボンニュートラル宣言」や、脱炭素を進める法改正が、自治体の現場に浸透
してきたのではないかと分析する。

　ただ、前々回の調査からはトラブルの懸念が高まっていたという。　今回も、半数以上の
自治体が、トラブルを経験したり、心配したりしていた。　山下さんは、「トラブルが起きる前
に、条例やガイドラインを作って、開発の適地・不適地のゾーニングをしたり、開発前に地元協議の手続きを定めたりすることが重要だ」と指摘する。

　国の第７次エネルギー基本計画は、２０４０年までに発電電力量に占める再エネの割合を
いまの２２・９％から４〜５割程度に増やすとしている。　ただ、「導入を増やしていく必要は
あるが、トラブルで迷惑施設化させないこととのバランスが重要だ」とも強調する。

　無理に推進するより、導入しやすい屋根置きの太陽光発電など、地域にメリットが見える
ようなものに集中し、社会的に受け入れやすい流れを作ることが必要だという。

　「そうした取り組みの上に、日本全体として、パネルや風車、その他の再エネ設備が国内
で調達できるように、産業を育てることが必要なのではないか」と話す。
（編集委員・香取啓介）

Ｑ　再生可能エネルギーの現状は。
Ａ　資源エネルギー庁によると、２０２３年度の再エネの発電量は、１０年度の約２倍にあた
る２２６１億キロワット時だった。　総発電量に占める再エネの割合も、１０年度の９・５％から
２２・９％に増えた。　特に増えたのが太陽光で、２３年度の発電量は１０年度の約２８倍に
相当する９６５億キロワット時だった。

Ｑ　一気に増えた理由は。
Ａ　原発事故後の１２年に導入された「固定価格買い取り制度（ＦＩＴ）」の影響が大きい。
再エネの普及を後押（お）しするため、再エネでつくった電力を一定価格で買い取ることを
国が約束した。

Ｑ　これからも再エネを増やす必要があるのか。
Ａ　いまの日本の電源構成は、発電時に温室効果ガスが出る火力発電が約７割を占める。
排出量を減らすには、再エネの比率をさらに高めることが欠かせない。
　一方で、メガソーラー（大規模太陽光発電施設）の設置に伴って、景観悪化や自然環境
の破壊などを心配する声が広がり、自治体が規制条例をつくる動きも出てきた。

Ｑ　増やすには工夫が必要そうだ。
Ａ　政府が力を入れるのが、次世代の太陽光電池や洋上風力発電だ。　ただ、いずれも
コストの高さが課題になっている。
　特に政府が「次の主力」と期待していた洋上風力をめぐっては、三菱商事が今年８月、
千葉県と秋田県の沖合計３海域で計画する洋上風力発電事業から撤退すると発表。
世界的な資材の値上がりや円安、金利の上昇などが重なり、建設費が当初想定の２倍以上に膨らんだという。

Ｑ　他に課題はあるのか。
Ａ　太陽光発電は基幹部品のほとんどが中国製で、風力タービンも世界シェアの６割近く
が中国とされる。　最近は、こうした設備を一部の国に頼ることによる悪影響への心配から、再エネの関係部品を日本で確保できる体制づくりが必要という指摘もある。
（福地慶太郎）