[漂流の果て] 原発事故10年 ④
再エネ 風向き次第
(毎日新聞朝刊/2021/03/11より) |
「排出ゼロ」急に洋上
好天時には、日本海に沈む夕日が水平線を彩る秋田県三種町。 海水浴場に隣接した土地に高さ100
メートルの風力発電用の風車18基が並ぶが、海岸の風景は今後、さらに一変しそうだ。
同町と、隣接する能代、男鹿両市沖の海域一帯は2020年7月、洋上風力発電が優先整備される国の
「促進区域」に指定された。 参入事業者の公募指針によると、この区域の想定出力は最大41万5000キロ
ワット。 海底に風車を固定する「着床式」で、世界で現在主流の高さ200メートル前後の風車が設置され
ると、沖合に数十基並ぶことになる。 早ければ24年に運転が始まる。
国は洋上風力の導入拡大に向け、19年に再エネ海域利用法を施行。 事業者は各自治体の条例などに
基づき3～5年で海域の占用許可の更新を求められていたが、促進区域に指定されると、最大30年占用
できるなど手続きが簡略化され参入しやすくなった。
現在までに秋田、千葉、長崎3県の5海域が指定された。
水深30メートル以内の遠浅の海が広がり国内有数の
適地とされる秋田県は、三種町など3市町沖以外に由利
本荘市沖の2海域も促進区域に指定された。
さらに三種町の北側の八峰町・能代市沖など4ヶ所でも
促進区域指定に向け準備が進む。 全て実現すれば国内
最大の「洋上風力銀座」になる。
東日本大震災が起きた11年3月11日の午前中に閣議
決定した再エネの固定価格買い取り制度(FIT)は、
再エネ拡大の起爆剤となった。 国内の発電量に占める
再エネの割合は11年度の10.4%から19年度は19.2%へ
ほぼ倍増した。 それでも、東京電力福島第1原発事故を
契機に脱原発にかじを切ったドイツの42%(19年)や、
英国の38%(同)に比べると、依然として低い。
ところが昨年秋就任した菅義偉首相が「50年までに
二酸化炭素(CO2)排出量実質ゼロ」を宣言し、風向きは
一気に変った。 「世界に先駆けて脱炭素社会を実現して
まいります」。 菅首相は1月18日の施政方針演説でこう
述べ、水素や洋上風力など再生可能エネルギーを拡充し
ていく方針を強調した。
「50年ゼロ」目標を達成する切り札と政府が位置づけるのが、安定した風が吹くため陸上より発電効率が高い洋上風力だ。
経済産業省が20年12月にまとめた「グリーン成長戦略」は、洋上風力の導入目標を30年に1000万キロ
ワット、45年に3000万～4500万キロワットと設定。 最大で原発45基分に相当し、実現すれば欧州連合
(EU)、中国に次ぐ世界3位の規模になる。
国際エネルギー機関(IEA)によると、世界の洋上風力の導入量は18年の2300万キロワットから40年に
は5億6200万キロワットに伸びる見通しだ。 「日本の洋上風力産業は勢いを増していくと確信している」。
これまでドイツや英国、ベルギーなど欧州各国で洋上風力事業を展開してきたドイツの再生可能エネルギ
ー大手、RWEリニューアブルズ。 同社グローバル洋上風力最高執行責任者、スベン・ウーターメーレン氏
は話す。
RWE社は19年に日本法人を設立。 九州電力グループの九電みらいエナジー(福岡市)と組み、由利
本荘市沖への参入を計画する。 人口密度が高く地形が複雑な日本は、陸上に風車の設置に適した土地
が少ない。 海岸線は長い一方、欧州で主流の「着床式」に適した遠浅の海は少ないともいわれるが、
RWE社は「長期的には海上に浮かべる浮体式が主軸になる」とみる。 浮体式は着床式に比べコストが
高いのがネックとされるが、世界市場での増加に伴い、30年までには従来の着床式とコスト面での競争が
可能になるという。
環境・経産 綱引きの末
震災を契機に原発不信が高まった日本で、なぜ再エネの導入が遅れたのか。 企業や家庭に電力を供給
する送電網を持つ大手電力が自前の火力発電や原発で発電した電力を優先し送電網が「空き容量不足」
になったことで再エネ事業者が締め出されたことに加え、政府の再エネ導入目標が低く設定されたため、
再エネ普及にブレーキがかけられたとの見方もある。
背景には、15年に政府の再エネの導入目標値が決定されるのを前に、目標を高く設定したい環境省と、
現実的な低い数値にしたい経産省との間で綱引きがあった。
環境省は、政府へ提示する目標値を決めるため、専門家14人からなる検討チームを立ち上げた。
チームは14年末、「30年に最大で38%、50年に78%の導入が可能」とする試算をまとめた。 再生エネ
は発電コストが高く導入に障壁があることも考慮した現実的な数値だった。 同省は、この試算を基に
「30年度に再エネ3割」と政府に提示する計画だった。
ところが、15年2月、試算の内容が公表前に報道されてしまった。 政府・与党内で「電力系統の制約や
コスト計算を無視した楽観的な予測だ」(経産省幹部)などと否定する声が上がった。 国会でもやり玉に
あがり、当時の望月義夫環境相は「(試算は)環境省としての見解を示すものではない」と逃げた。
試算は、再エネの目標値を決める政府の検討材料としても扱われなかった。
経産省と環境省のさや当ての末、政府は15年4月、30年度の電源構成の目標は再エネが22～24%と
した。 環境省の当初の数値よりは大幅に低く、原発(20～22%)をわずかに上回る程度だった。 その中
でも、風力はわずか1.7%だった。 電力問題に詳しい安田陽・京都大特任教授のもとには、海外の専門家
から「17%の間違いではないのか?」と質問が来たほどだ。 環境省の元幹部は「再エネをもっと上げられ
たが、主張を支える材料がなくなり、交渉は経産省ペースになった」と述懐する。
温室効果ガス削減目標を引き上げるため、今年中にまとめるエネルギー基本計画改定の議論が、昨年
10月から再び始まっている。 その中で経産省は電源構成に占める再エネの割合を、50年までに50～60
%に引き上げ、残りを原発やCO2を出さない水素、アンモニアを使用する火力発電や、CO2を回収・貯留
する装置を付けた石炭や天然ガス火力発電でまかなう目安を示した。
だが環境省検討チームの座長を務めた倉阪秀史・千葉大教授(環境政策論)の見方は厳しい。 「原発を
増やすことは非現実的で、CO2回収装置や水素、アンモニアも、コスト・技術の両面で不確実性が大きい。
そうした手段に頼らずとも、人口減少や省エネによる電力消費量3割削減を加味すれば、50年までに再エ
ネ比率をほぼ100%にできると検討チームは試算していた。 それに比べて50～60%はあまりに低すぎ、
カーボンニュートラル(CO2排出ゼロ)は難しいのではないか」 【阿部周一、中村聡也、ベルリン念佛明奈】
=つづく
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