未曽有の福島第一原発事故を起こした東京電力に原発を
　動かす「適格性」はあるか――。論議を呼んできた柏崎刈羽
　原発の再稼働容認を新潟県知事が表明した。関係者はどう
　見るのか。

除本理史さん

■特別な責任、国民的議論を　除本理史さん（環境政策研究者）

　柏崎刈羽の再稼働問題は他の原発と異なる重さを持ちます。　福島で原発事故を起こ
した東京電力には特別な責任があり、ハードルはもっとも高い。　原発の推進側には、
これを越えることが大きな一歩となる。　原発政策の行方を占い、国民的議論が不可欠な
テーマです。　原子力規制委員会の技術的判断や地元同意の次元を超え、社会的に許容
されるかが問われています。

　東電の適格性を考える出発点は、事故にどう対処したかです。　賠償は被害実態に見合
わず、集団訴訟が相次いだ。　漁業者らが反対した処理水の海洋放出も話をまとめたの
は政府でした。　被害者と誠実に向き合い、社会の理解を得ながら後始末を進める姿勢が不足している。　企業風土の根本が改善されたかも疑問です。　組織の問題や責任を十分
究明せず、事故関連の裁判で自己弁護を繰り返しました。

　東電と国が「事故の被災地への責任を果たすため」という論理で、別の地域に原発の
リスクの受け入れを迫っているのは、新潟、福島双方にとって、ある種の脅しのような酷な
話だと感じます。　原発政策には、国家権力が公益性を理由に負担を特定の地域に押し
つけていく構造がある。　経済的見返りを示して受け入れてもらうのが常套（じょうとう）
手段で、柏崎刈羽でも同様でした。

　それでも新潟県による県民意識調査では「再稼働の条件は現状で整っている」と思わな
い人が６割、「東電が柏崎刈羽を運転するのは心配」も７割を占めました。 再稼働を認め
る知事の判断は私には理解しがたい。 県議会は県民の代表として不信や不安を受け止め、独自に検討すべきです。

　国の役割も問われています。 政府は福島の事故で法的責任を否定し、後始末の主要
部分で東電の後ろに隠れてきました。 国策の失敗の責任をあいまいにする姿勢は再稼働
にも通じています。 政策として進める以上、数々の疑問に答え、安全確保にどうかかわる
か明確に説明することが求められたのに、それを尽くしているようには見えません。

　原発がひとたび事故を起こせば、取り返しのつかない被害をもたらすことを日本社会は
知りました。 再稼働の判断では、そのリスクを将来世代にも負わせるということを十分考慮すべきです。 福島の事故から１５年近くたっても、被害の回復と被災地の復興は道半ばで
す。 この現実を政府は政策論議の前提に置くべきですし、国民も改めて深く認識してほし
いと願っています。
（聞き手・五郎丸健一）

山形浩史さん

■縦割り、残る無関心と独断
　山形浩史さん（安全工学研究者）

　東京電力に原子力発電所を動かす適格性が
あるのか。 福島第一原発事故を起こした会社
として東電が常に問われてきた課題です。

　適格性を巡っては原子力規制委員会が２０１７年に柏崎刈羽原発６、７号機の審査の過程で、東電に対し福島第一原発の廃炉への覚悟や、
社内の異なる意見・知見を一元的に把握し安全性向上に反映することなど７項目を求めま
した。

　それでもその後に柏崎刈羽原発で、他人のＩＤを使った社員の中央制御室不正入室や、
核物質防護設備の機能喪失が発覚しました。

　私は、原子力規制庁の審査担当者として東電と向き合いましたが、不祥事を繰り返す
背景に、官僚的な組織の弊害が残っていることがあると感じています。

　グループ全体の従業員が約３万８千人の巨大組織。　ピラミッド構造で現場の意見が
上層部に上がりにくい。　縦割りで役割意識が強く、担当範囲外のことには無関心になりが
ちで、逆に範囲内のことは他部署に相談せず決めてしまう。　そして横の連携も希薄になっ
てしまう。　実際、核物質防護設備の問題では、限られた担当者が都合良く状況を解釈し、上層部も把握できていませんでした。

　福島で事故直後の混乱が続く中、私は内閣官房の参事官として東電本社に常駐しました。担当を巡り部長同士が口論するのを目にし、質問に「別の部署が考えること」と回答された
こともありました。　数年後、規制庁で審査を担当したときも「体質が変わっていない」と感じることがありました。　組織の問題や意識を外部から変えさせるのは難しいという実感があ
ります。

　こうした状況を改善するには、ひとつの発電所に限って言えば、所長の役割が大きいと
考えています。　現場を歩いて所員や協力会社の意見を聞くべきです。　事故後に入社した社員も増えています。　「安全が第一」だとたたき込まれてきた世代とも言えます。
そうした世代の意見が役職者に届くような体制づくりをしていかなければなりません。

　ただ、こうした取り組みを継続して不正を起こさないというだけでは、住民の信頼は得ら
れないでしょう。　あらゆる情報をオープンにして透明性を高める必要があります。
東電は他の電力会社と比べてまだ十分でなく、外部からも強く求めていく必要があります。不正が起きない体制づくりと実行、そして透明性の向上。　これらを長く続けることでしか
信頼は生まれません。
（聞き手・富田洸平）

品田善司さん

■安全問う地元、終わりない
　品田善司さん（「柏崎刈羽原子力発電所の透明性を確保する地域の会」会長）

　私たち「地域の会」は、２００２年に発覚した
東電による「トラブル隠し」問題を受けて発足
して以来、つぶさに東電の組織体質を見てき
ました。　会は推進・反対・中立の多様な委員で構成され、立場を超えて東電の安全対策を
厳しく問うてきました。　毎月の定例会には東電のほか原子力規制庁や経済産業省、新潟県の参加を求め、必要な提言を行ってきました。

　原子力規制委員会は、原発事故の当事者に原発を運転する適格性があるかを重視し、
厳格な審査をしました。　県も独自の委員会を設けて事故原因を検証しました。　それは、
万が一の事故のリスクを最も負う地元の私たちが求めたことです。

　福島の事故前、東電は「安全神話」にとらわれた組織でした。　事故後、施設などハードの対策を整えたものの、運用には不安が残りました。　２１年にもテロ対策の不備が相次ぎ、
規制委は事実上の運転禁止命令を出します。　東電による運転に県民の７割が不安を抱いているという調査結果は、組織体質や安全対策への疑念が拭いきれていないことを示すのでしょう。

　原発への態度の問題では、潤沢な原発マネーが入る立地自治体とそれ以外との「分断」がよく言われます。　でも、交付金を得たからといって自分たちの安全への意識が低くなると
は思えません。　温度差はあるにしても分断と呼べるものではないでしょう。　むしろ、電源
供給地と大消費地である首都圏との意識の乖離（かいり）のほうが大きいはずです。

　現に原発に向き合い、東電を最も「監視」してきた私たちからすれば、発表基準に満たな
いトラブルまで積極的に公表するなど、透明性は以前より高まったと一定の評価をしています。　ただ、福島第一原発の廃炉で重い負担を背負う東電が原発の運転にいつまで十分な注意を払えるか、地域の会の中にはなお疑問の声が根強くあります。

　原発という特殊な設備を動かす組織は、経営陣から現場社員に至るまで安全文化が根付いていなければならない。　人事異動や世代交代が頻繁な大企業ならなおさらです。　避難
計画の絶えざる更新も含めて、安全・防災対策に終わりはない。　住民の命は黙っていて
守られるわけではなく、国や東電に常に情報を求め、指摘を続ける必要があります。
東電の適格性を問い続けてきた私たちにとっても、再稼働はゴールではなく、あくまでスタート地点です。
（聞き手・石川智也）