(出典) 毎日新聞朝刊/2022年12月23日
政府は22日、既存原発から次世代原発へのリプレース(建て替え)を推進する基本
方針をまとめた。 福島第１原発事故後、新増設・リプレースは「想定していない」と説明
してきた原子力政策の大転換となる。 岸田文雄首相が８月に原発推進の検討を指示
してから４ヶ月足らずのスピード決定までに何があったのか。 次世代原発は本当に
実用化できるのか。
露侵攻 危機感高まり
「東日本大震災以来、原子力の世界は失われた１０年ではなかったか。 確とした原子
力政策を示していただきたい」。 経済産業省が11月28日に次世代原発の推進案を
提示する２日前。 福井県の桜本宏副知事は、福井市で開かれた原発関連のイベントで
こう述べた。
若狭湾沿いに原発が集中立地する福井県は、原子力産業と地域経済が密接に関わ
る。 なかでも関西電力美浜原発(同県美浜町)は過去に１号機のリプレース計画が
浮上した経緯があり、次世代原発のリプレース第1号の有力候補とされる。
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| 関西電力美浜原発3号機=福井県美浜町で2021年、大島秀利撮影 |
長期的な原子力政策が明確にならなければ、地域経済の将来像が描けない。 美浜
町議会は10月、新増設を含めた「原子力政策の確固たる方針を明確に示す」ことを
求める意見書を賛成多数で可決し、政府に判断を迫った。 経産省も「原子力政策に
は、福井など立地自治体の思いが非常に重要」(幹部)と説明する。
しかし、福島第原発事故を経験した国民の原発不信は根強い。 「原子力政策の明確
化」で原発推進を打ち出せば、国民批判を受けかねず、長期政権を築いた安倍政権も
手をつけなかった。
そこで岸田政権は、原発を従来のようにエネルギー政策としてだけではなく、脱炭素
化政策の一環と強調する。 2021年１０月に閣議決定した「第6次エネルギー基本
計画」では、原発を「可能な限り低減する」との表記を踏襲する一方、50年の脱炭素
社会の実現に向けて「必要な規模を持続的に活用する」と付け加えた。
その後、ロシアによるウクライナ侵攻を受け、エネルギー安定供給が不安定化すると、
政府・与党内で「今こそリプレース推進に踏み込むべきだ」(経産省幹部)との主張が
台頭。 ほぼ全量を輸入する原油や天然ガスに頼らないエネルギー源である原発には
「エネルギー安全保障」という大義名分が加わった。
原発推進の姿勢を鮮明にした舞台は、政府の脱炭素戦略の司令塔となる「グリーン
トランスフォーメーション(GX)実行会議」だ。 岸田首相は8月24日のGX実行会議
で、運転期間延長や次世代原発の開発・建設を検討する考えを表明し、年内に具体策
をとりまとめるよう指示した。
それでも政府内には「リプレース推進を打ち出しても批判ばかり集まる」(政府関係
者)との慎重論があった。 参院選公約で「原子力に依存しない社会」を掲げた公明党
も、限定的な活用にこだわった。
そこで政府は、政策方針の内容を調整。 次世代原発の開発・建設については「廃炉
決定した炉の建て替えを対象」として「具体化を進めていく」と表現した。 新増設への
態度は明確にせず、原発のリプレースに限った「極めて限定的な話」(赤羽一嘉・公明党
総合エネルギー対策本部長)に絞り込むことで、政府・与党内の理解を得た。
ただ、首相の検討指示からわずか４ヶ月での方針転換に、「国民不在の拙速な議論」
との批判は強い。
政府案を大筋了承した経産省の有識者会合では、一部の委員から「１年程度の時間
をかけ、国民参加の議論を踏まえたうえで結論を出すべきだ」との懸念が上がった。
NPO法人「原子力資料情報室」の松久保肇事務局長も「実質的な議論は２ヶ月程度と
非常に短い。 日本のエネルギー政策の形成過程として非常に憂慮される」と批判
する。
こうした批判に対し、西村康稔経産相は22日の記者会見で「経産省の審議会で議論
を重ね、さまざまな分野の有識者からの意見を踏まえてとりまとめた。 今後も意見公
募を実施し、国民の意見も参考にしながら、閣議決定を目指したい」と理解を求めた。
資金・技術にハードル
政府がリプレースを目指す次世代原発とは、
革新軽水炉▽出力30万キロワット以下の
小型軽水炉▽高速炉▽高温ガス炉▽核融合炉
---の5炉型だ。 このうち既存原発とほぼ同じ
構造の「革新軽水炉」は、早ければ30年代半ば
の営業運転開始を想定している。
その他の炉型も30年代までの建設開始を
想定しているが、技術的な信頼性を確認する
ための「実証炉」や研究開発段階の「原型炉」
にとどまる。
発電会社が営業運転する「商用炉」を建設
するのは、さらにその先のステップだ。
50年の脱炭素社会に貢献する原発にはほど
遠く、現実にリプレースが視野に入るのは革新
軽水炉に限られる。
原子力業界も事情を理解しており、政府の
検討と歩調を合わせるように、原子炉メーカー
の三菱重工業は22年9月、北海道、関西、四国、
九州の電力大手4社と革新軽水炉を共同開発
すると発表した。
開発するのは出力120万キロワット級の大型原発で、溶けた核燃料を受け止めて格納
容器の損傷を防ぐ「コアキャッチャー」や、電源がなくても一定期間は原子炉を自動冷却
できる機能を備える。 津波による浸水で外部電源を喪失し、炉心溶融を招いた福島原発
事故の教訓を踏まえた設計だ。
ただ、原発設備に詳しい技術評論家の桜井淳氏は、革新軽水炉について「それほど劇的
な新技術ではない。 『革新』は商売文句に過ぎず、実態は『改良型』だ」と指摘する。
実際に欧州では同様の機能を持つ改良型原発が建設されている。
ではなぜ「革新」なのか。
桜井氏は「いくら安全性が高まっても、福島原発事故を経験した日本では原発の新設は
受け入れられにくい。 今までの原発とは一線を画すものと強調するために『革新』
『次世代』といった言葉を使っている」と読み解いた。
政府が推進する革新軽水炉だが、建設のハードルは高いのが実情だ。
欧州の改良型原発も建設が難航している。 フィンランドのオルキルオト原発３号機は
本格着工から発電開始までに17年近くを費やした。 フランスのフラマンビル原発3号機
は07年に着工したが、技術的なトラブルが多発。 工期は遅延を繰り返し、建設費は132
億ユーロ(約1兆8500億円)と当初見込みの4倍に膨れ上がっている。
国産の革新軽水炉も1兆円規模の初期投資が必要とみられている。 ところが、原発
事業を担う電力大手は、電力小売り自由化に伴う競争激化や火力発電の燃料コスト高騰
で赤字経営に陥っており、革新軽水炉を建設するほどの財務余力に乏しい。 電力大手
からは「もはや民間企業が投資判断できる事業でなくなりつつある」との嘆きが漏れる。
原発の建設ノウハウも低下している。 国内原発で直近に運転を開始したのは09年の
北海道電力泊原発3号機(北海道)。 電源開発(Jパワー)が建設中の大間原発(青森県
大間町)は福島原発事故後に本格的な工事を中断しており、国内に原発建設のつち音が
途絶えて久しい。
経産省によると、プラントメーカーの建設経験者は福島原発事故から21年度までの9年
間で約4割減少。 原発建設が未経験の技術者は、45歳以下では半数を上回っている。
資金面でも技術面でもリプレース実現への課題を克服しなければ、政府方針は絵に
描いた餅に終わってしまう。 「巨額投資を確実に回収できる制度を整備しなければ、原発
の長期利用は困難だ」。 電力業界からはそんな声が上がっている。
【浅川大樹、岩閒理紀、大原翔】
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